学会、竹入手記に狂気の猛反発

学会・公明の排他的体質が露呈


言いたい放題の聖教
憎悪に満ちた秋谷発言
独善的な批判パターン
「公明新聞」も竹入氏攻撃
多田(元公明党副委員長)も人格攻撃

公明は池田学会の番犬だ!

 
公益法人失格発言・名誉毀損発言

言いたい放題の聖教

  創価学会・公明が、元公明党委員長竹入義勝氏を口汚なく罵っている。
 本紙先号既報のように、竹入氏は、八月二十六日から九月十八日にかけて『朝日新聞』紙上に、「秘話 55年体制のはざまで」と題する政界回顧録を連載。
 その中で、昭和四十四年末に明らかとなった創価学会・公明党による言論出版妨害事件の真相や、創価学会・自民党の蜜月関係、日中国交正常化の裏話、さらには創価学会・公明党の政教一致の実態や、創価学会を守るために行なってきた検察や警察に対する不正工作などの事実を明らかにした。
 この竹入氏の回顧録に対し、創価学会のドン池田大作氏は、回顧録連載開始翌日の二十七日に行なわれた本部幹部会の席上、
 「恩知らずに成功者はいない。創価学会のおかげで偉くなったにもかかわらず学会に感謝しないヤツは人間じゃない。馬か鹿だ。畜生!」
と、名指しこそ避けたものの、竹入氏を激しく罵倒。
 以後、創価学会は、この池田氏の意を受けて、名前を伏せたままで竹入氏非難を続けていたが、九月二十七日を期して、「竹入義勝は裏切り者・反逆者」と、公然と名前を挙げて竹入氏攻撃を開始するに至った。
 以下、そうした創価学会の竹入氏に対する悪口罵詈を紹介しよう。まずは『聖教新聞』一面掲載のコラム「寸鉄」。
 「天下の変節男・竹入某。欺瞞の天才、嘘とごまかしと、権力欲の代表男。
 元幹部、元議員、元弁護士……大恩裏切った元族≠ノ、元委員長も仲間入り。
 『自分の罪を正当化するのは悪魔の所業』文豪(トルストイ)。保身タヌキのなれの果て。
 『党の私物化とは、お前のことだ』と公明長老。自分勝手で撹乱の証言続々。
 金と女と出世欲だけは人一倍。これ反逆者の性根。庶民が嘲笑、庶民が撃破。」
      (9・28付)
 「庶民の献身に仇で報いた元委員長。支持者への裏切りで、己の人生全否定。
 大物ぶって嘘八百の自慢話。これ反逆者の共通点。小物、エセ者、食わせ者。
 日顕と竹入はウリ二つ。本人も女房も、よく似ていると陰口。全く全く。」
      (9・29付)
 「訪中で寝込んだ竹入『日中は俺がやった』。盗人竹竹しいと党幹部の言。
 手柄は自分、失敗は他人。『とんだタヌキだな』と自民山の面々も軽蔑。」
      (9・30付)
 「権勢に眼がくらみ、勲章に眼がくらみ、支持者に唾して晩年は『くらやみ』。」
      (10・1付)
 周知のように、竹入氏は公明党の委員長を二十年にわたって務め、言論出版妨害事件をはじめとする数々の難局で、体を張って創価学会なかんづく池田氏を守った人物。いわば創価学会・公明党にとっては大功労者であるにもかかわらず、創価学会は竹入氏を口汚なく罵り続ける。
 それにしても、「欺瞞の天才」に「保身のタヌキ」、「嘘八百」に「小物、エセ者、食わせ者」と、その悪口の下劣さ、下品さは驚くばかり。
 もっとも、こうした下劣さは、「寸鉄」にとどまらない。『聖教新聞』に掲載された読者の「声」欄でも激しく竹入氏を罵っている。ちなみにそれらの見出しは次の通り。
 「元政治家の忘恩、ペテンは許さぬ! 反逆者の末路は目に見えている」
       (9・29付)
 「畜生以下の人間か 恩知らずの最低男」
       (9・30付)
 「貧乏のどん底だった竹入 恩知らずのクズ男 二度と故郷に来るな!」
       (10・2付)
 日頃、創価学会は、自らを「仏法を貴重とした平和団体・人権擁護団体」とアピール。創価学会に対する週刊誌や月刊誌をはじめとするマスコミ報道を、「人権侵害・人権無視の卑劣なマスコミ報道」などと非難しているのをはじめ、マスコミによる人権侵害を批判するシンポジウムなどをさかんに開催。あたかも人権擁護の旗手であるかのごとく振る舞っている。
 だが、『聖教新聞』での竹入氏批判記事は、まさに言いたい放題。そこには竹入氏の人権や名誉に対する配慮などまったくない。


憎悪に満ちた秋谷発言

九月三十日、秋谷栄之助会長も、婦人部幹部会の席上、初めて竹入氏批判に言及したが、その内容もまた、秋谷発言を報じた『聖教新聞』の「忘恩の徒は悪鬼入其身」とのタイトルに象徴されるように、憎悪と悪意に満ち満ちている。その一部を抜粋すると、こんな具合い。
 「『公明』といえば浜四津敏子さん(代表)というのが皆さん方の世代であり、せいぜい知っていても藤井富雄さん(最高顧問)まででしょうか。そんなところに竹入義勝などという名前が出てきてもそんな男、知らないし、関係ない≠ニいう人が多いのではないでしょうか。なにか、吉野ヶ里遺跡≠ゥら出てきた亡霊じゃないかと思う人がいるかもしれない。」(10・1付『聖教新聞』)
 「竹入は議員になる前は国鉄(現JR)の職員で、貧乏のどん底。学歴もないなかを、区議、都議、そして衆議院議員となり、党委員長になった人間です。だから、創価学会、池田先生には大恩があり、本人も『何としてもご恩返しをしなければ』『死にもの狂いの戦いをし、ご恩に報いてまいります』と常々言っていた。
 大聖人は『報恩抄』で、畜生ですら恩を報ずる。まして人間が恩に報いるのは当然である≠ニ仰せです。恩が分からないのはもはや人間ではなく、畜生以下の人間なのです。」
 「竹入は永田町の国会議事堂に入って議員バッジを光らせ、赤じゅうたんで、ふんぞり返って歩いているうちに大物政治家と思い上がる。権力の魔性に命を食い破られていることに気付かず、その魔性の言いなりになってしまう。結局、魔の眷属に成り下がって、民衆を馬鹿にしていった。まさに『悪鬼入其身〈悪鬼其の身に入る〉』なのである。」


独善的な批判パターン

 創価学会はこれまでも、教学部長だった原島嵩氏や山崎正友顧問弁護士、福島源次郎副会長、さらには竜年光都議会幹事長、藤原行正都議会幹事長、大橋敏雄代議士など、学会や公明党の主要幹部が造反し、学会・公明党の違法行為や不法行為、池田大作氏の欺瞞性などを明らかにすると、いずれも「裏切り者・反逆者・忘恩の徒」と、これを激しく罵詈罵倒してきた。
 その批判パターンは極めて単純。創価学会を正義の使い「仏の軍勢」、反逆者をそれを阻止しようとする「悪魔」だと規定し、創価学会の前進するところには必ず悪魔が出来し、有力幹部に反逆をそそのかし、広宣流布という聖業を阻害する、というものである。
 オウム真理教や統一教会にも見られる独善的で排他的な手前勝手な論理だが、この論理に従えば、反逆者、背教者が出れば出るほど、自らの正義が証明されることになるため、宗教的に破綻しない。したがって、自らの不正や不徳を反省する必要に迫られない。
 それゆえ秋谷会長も、今回の竹入氏の回顧録執筆を次のように位置づけ、会員の洗脳を図っている。
 「広宣流布の戦いは、永遠に仏と魔との戦いであります。魔を打ち破るところに、広布の前進はあるのです。舟が進めば波が立つ。車が走れば埃が出る。それと同じように、広布に邁進すればするほど、魔は紛然と競い起こるのです。(中略)
 外から脅してもビクともしない。それならば弟子檀那の心の中に入って、仏子を惑わし、広宣流布の前進をとどめさせようという魔王の命令なのであります。
 それは、人々の意表をつき、不信を抱かせるのに、極めて効果のある魔の現われ方です。信頼されているように見える人物に反逆させる。そして皆に不信を起こさせる。撹乱させて和合僧を破壊しようとするのです。魔の本質を知らない人は動揺する。しかし、私たちは、魔を魔と見破れば動じることはありません。かえってそれをバネに、広宣流布に前進できるのです。」(同)
 竹入氏を「魔」と位置づけることで、会員の動揺を防ごうとの作戦である。
 こうした宗教的洗脳を行なった上で、展開されるのが、造反者に対する卑劣な人格攻撃。創価学会・公明は、たとえそれがデッチ上げであっても、委細かまわず金や女の問題を持ち出して、造反者の人格や人間性を否定しようとする。そうすることで、造反者に対する社会的信用、人間的信用を失墜させ、造反者が明らかにした事実≠フ信憑性を損なおうとするのである。


「公明新聞」も竹入氏攻撃

 今回、そうした役回りを果たしているのが『公明新聞』。『聖教新聞』が竹入氏に対する批判を開始した九月二十八日、『公明新聞』もまた「竹入義勝の謀略と欺瞞」と題する批判記事を掲載。本格的に竹入氏攻撃に着手した。
 竹入批判の先兵役を引き受けたのは、竹入氏のもとで副委員長を務めた多田省吾元公明党副委員長(元参議院議員)。竹入氏の身辺にいた人物として、竹入氏の「変節と背信行為」を糾弾するインタビューに応じている。
 周知のように多田氏は、池田氏の女性スキャンダルの相手として名指しされた多田時子元公明党代議士(現創価学会総合婦人部長)の夫で、現在、創価学会の直営企業で、池田大作レイプ事件の原告である信平信子元創価学会北海道副総合婦人部長に対する、激烈な攻撃を続けている雑誌『第三文明』を発行している第三文明社の副社長を勤めている人物。
 『公明新聞』連載の「竹入義勝の謀略と欺瞞」の見出しは次の通り。
 「良心に恥じないか」「朝日での回顧録℃ゥ慢話や事実の歪曲」「公明支持者への背信行為」(9・28付)
 「恩を仇で返す人間失格=v「学会との関係悪質な『ウソ』並べる」
      (9・29付)
 「党の成果を自分の手柄に 日中友好は党全体で推進」「莫大な資産形成の疑惑晴らせ」(9・30付)
 「海外訪問の度に宝石漁り=v「異常な盆栽狂い選挙応援中に植木屋へ」
      (10・1付)
 見出しを見ただけで、内容が彷彿とするが、要するに多田氏は、竹入氏が回顧録で明らかにしている政教一致の事実をはじめ、日中国交正常化に寄与した竹入氏の実績などはすべてウソであり、竹入氏は委員長の立場を利用して蓄財に励み、宝石や盆栽を買い漁っていた卑劣な男であり、人間失格の変節漢、卑劣漢だというのである。その一部を紹介しよう。まずは回顧録の執筆について。
 「(回顧録は)最初から最後まで自分の自慢話やグチ話ばかり。ただ大物ぶって総理以上のように見せかけているのが口の端々に出ている。また、党全体で取り組んであげた実績などは、ほとんど全部自分の手柄のように話しているし、自分の失言とか対応のまずさで失敗した問題などは逆に他人のせいにしている。
 また、委員長であった当時はよく、『学会の皆さんの応援のたまものです』などと、大勢の方々の前で繰り返し感謝の弁を述べていたのに、この回顧録≠フ中ではそれとは全く逆に、『支配されていた』などと前言を翻しているのには、これが同一人物の発言かと人格を疑わざるを得ない。なにより、これまで公明を熱心に献身的に支援してきていただいた党員・支持者、創価学会員の皆様に対し、手のひらを返して恩を仇で返すような背信行為といえるし、人間としての信義に著しくもとる行為であると言わざるを得ない。」
      (9・28付)
 「元々、今度の彼の話は、全部、彼独特の黒い『妬み』から出ているんです。回顧録≠ネんて格好をつけているが、狙いは最初から別にある。彼の性格通りの悪辣極まる『謀略』であることは見え見えだ。そもそも、くだらない自慢話ばかり並べ立てて何が回顧録か。『大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく』という公明の崇高な結党精神を土足で踏みにじり、我利我欲に溺れた自分の醜い正体を白状する懺悔録≠ナもつくった方がいいのではないか。」
      (9・30付)


多田(元公明党副委員長)も人格攻撃

 続いて竹入氏が明らかにしていた創価学会支配論を、次のように全否定する。
 「全くの悪意だ。だいたい、『環状線、放射線』なんて、こんな言葉を彼は使わない。誰が見ても分かる。誰かに書かせたことが明瞭だ。(中略)当然、党のことは中央執行委員会とか全国大会など、すべて党機関で決めていて、政策にしろ、人事にしろ、財政にしろ、路線にしろ、党内の手続きを経ないで別のところで決まったことなど、私が党にいたときに一度たりともなかった。
 ――従って、学会に一方的に支配されていたなどというのは、明らかな事実の歪曲ですね。
 多田 その通りだ。とんでもない恩知らずでもある。全く筋の取らない話だ。」
 また、日中国交正常化に寄与したとする竹入氏の言説に対しても、日中友好は池田氏の功績であり、それを横取りする竹入氏は、恩知らずだとこう批判する。
 「――党の創立者である池田名誉会長がしっかりとレールを敷いて、日中国交回復への努力をされた事実を消し去り、自らの功績のみを誇る。およそ想像もできない驚くべき歴史の歪曲ではないでしょうか。
 多田 その通りなんです。彼の言っていることはペテン師みたいなものです。だいたい、彼自身、かつて『池田先生のご指導とご尽力によって、私も日中国交回復の仕事をやらせていただいた』などと、得々と人前であいさつをしていたではないか。私たちも何度も何度も聞いている。それが今回、全部、自分の手柄のように書き立てている。いや、あきれましたよ。恐るべき恩知らずであり、下劣さだ。政治家以前に一人の人間として、信義にもとる人格の持ち主である。(中略)
 公明の訪中成果とは、党創立者の池田名誉会長の提言の精神を受け、みんなの団結で、初めてできたものです。いかに彼が大物気取りで、事実を歪曲させながら、デタラメを並べようとも、われわれをはじめ多数の証言者がいる。彼が口を開けば開くほど、愚か者の正体が残っていくだけだね。ともかく見栄っ張りでウソつきの彼の性格を知っている人は呆れ果てているよ。」(9・30付)
その上で、竹入氏には東京・恵比寿の自宅購入をはじめ、長野県・軽井沢町の別荘購入、海外渡航時の宝石買い漁り、高級盆栽の購入など、さまざまな金銭面での疑惑、さらには長男の大学入学に関して裏口入学の疑惑がある――などと、執拗に竹入氏の人格や人間性を否定する発言を繰り返している。


公明は池田学会の番犬だ!

 あまりにも下品で野卑な内容なので引用は控えるが、いずれの疑惑も、竹入氏が委員長に在任していた当時の出来事である。それも晩年のことではない。多田氏はこうした疑惑を「心配していた」というが、仮に事実とすれば、清潔を標榜する党の委員長に、そうした疑惑を抱えた人物の就任を許していたのはなぜなのか。疑惑を知っていながら見過ごしていたとしたら、これほど国民を愚弄した話はない。
 しかも、多田氏は、竹入氏の性格を「見栄っ張りでウソつき」「彼独特の黒い『妬み』から出ているんです」「彼の性格通りの悪辣極まる『謀略』であることは見え見えだ」などと指摘している。
 多田氏の話が真実とはとうてい思えないが、仮に百歩譲って真実だとして、では、どうして多田氏は、そんな異常性格者が国政を左右する公の党の委員長であることを許してきたのか。いまになって、竹入氏はダーティな政治家であり性格異常者だった、などと批判するのは、あまりに欺瞞的としかいいようがない。
 かつて、現職の衆議院議員でありながら池田大作氏を批判した大橋敏雄氏は、直ちに党を除名になり、ありもしない金銭疑惑、女性スキャンダルをデッチ上げられ、激しい誹謗中傷にさらされた。これに対し、リクルート汚職で有罪となった池田克也代議士、砂利船汚職で有罪となった田代冨士男参議院議員は、除名とはならず、離党扱い、その後も、創価学会の顧問弁護士が刑事裁判で弁護を務めるという優遇措置を与えられている。
 要するに、創価学会・公明にあっては、池田大作氏ならびに創価学会の批判さえしなければ何をやっても許されるのであり、逆に、池田氏ならびに創価学会を批判すれば、デマ攻撃を含む、徹底した誹謗中傷にさらされるのである。
 竹入氏に対する創価学会・公明の対応は、そうした創価学会・公明の独善的で排他的な政教一致体質を如実に示している。
 必死になって竹入氏を非難し、創価学会なかんづく池田氏の功績を宣揚する多田氏の姿は、竹入氏が回顧録で指摘した「公明党は創価学会に支配された番犬」の姿そのものである。
 齢七十三歳にして、創価学会・公明による激しい攻撃が予想されたにもかかわらず、歴史に真実を残そうとした竹入氏。公明と新党平和が合流し、新公明党となり、国政のキャスティングボートを握ろうと画策するいま、その証言の意味は重い。
 ここはぜひとも竹入氏に、いまだに隠されている創価学会・公明党、さらには池田大作氏に関するさまざまな「秘話」を公表してほしいものである。それがまた竹入氏の、国民や歴史、社会に対する責任と、使命なのではないだろうか。


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