自由の砦 8月10日号 第103号

 

参院選、違反続出で得た公明票800万

しかも、ようやく現有議席数を維持

 これで「大勝利」とは子供騙しもいいところ!!
           創価学会・公明党の違反を見逃すな
 
  選挙史上類例のない投票干渉罪
        選挙人の自由意志奪い公明票獲得

 参院選終了直後から、各地の警察は、選挙違反の摘発に乗り出した。
 違反容疑で逮捕された運動員等の記事が、連日、新聞の社会面を賑(にぎ)わしたが、その中でも、創価学会幹部や会員が、悪質な違反行為により続々と摘発されていることが報道され、注目を集めている。
 七月二十一日付の『北日本新聞』は、富山県警が、公明党運動員の主婦・山内悦子容疑者(学会員)を公職選挙法違反(投票干渉罪)で摘発した、と報道した。
 山内容疑者は、参院選公示後の十五日、公明党の比例代表候補者を当選させる目的で、不在者投票をする高岡市の知人男性を高岡市役所まで送り、車中で「頼む」と言って、支持する候補者名を書いたメモを持たせて投票所に入場させ、投票に干渉した。
 学会員による、これと全く同じ手口の選挙違反事件が、各地で多発している。
 佐賀県では、木庭健太郎候補の運動員が、徳島では、創価学会支部長・田中豊繁(会社員・53)が不在投票者を連れ出し、メモに候補者の名前を書いたものを持たせて投票所に送り込み、投票させた、として逮捕された。
 埼玉県羽生市では、なんと、老人介護施設に勤めている介護福祉士の学会幹部が、介護施設利用者の老人にメモ用紙を持たせて投票させた、として逮捕された。
 投票者に持たせたメモ用紙は、細長く、手の平に隠れる大きさで、手書きではなく、ワープロで印字されたものであった。
 いずれも、余罪や組織的な犯行の疑いが大きいとして、警察は家宅捜査を行ない、関係書類を押収するなどして、さらに追及している。
公職選挙法違反のうち、「投票干渉罪」というのは、まことに奇異な事件である。
 日本の選挙違反の歴史上、初めてこの事件が表われたのは、昭和四十三年頃で、やはり創価学会員による犯行であった。  この時は、投票所に連れ出したF=iフレンド=学会員以外のシンパ)が投票用紙に名前を書くのを、学会員が、横に並んで投票しながら監視していた。そして、そのFが他の候補者の名前を書いたものを見て逆上し、投票用紙を取り上げて破り、やり直しをさせようとしたという。まさに、狂信的な学会員≠ネらではの犯行だった。
 この頃の選挙から、すでに、創価学会では当日の連れ出し≠ェ常套(じょうとう)手段となっていた。
 運動員は、頼んだF名簿をもとに投票所へ何度もピストン輸送し、その上で、自分は最後に、しかも必ず一人か二人、Fを一緒に引きつれて投票し、Fがちゃんと公明党候補の名前を書くかどうか確認する、というのが、お決まりの戦術だった。  そして運動員は、そのつど、拠点に報告することを義務づけられていた。
 これらの行為自体、当日運動≠ニして歴とした選挙違反である。
 警察が、これをちゃんと検挙していたら、創価学会の組織は壊滅し、公明党はこの世から消滅したに違いない。
 しかし、創価学会員は、これを当たり前のことと考えて、上からの命令で、これまで公然と行なってきたのだ。
 投票所での投票干渉行為も、もちろん、当たり前のように行なわれてきた。
 歩けない老人を背負って投票所に入り、投票させていた創価学会員が、ひょいと覗(のぞ)いてみると、その老人が他の候補の名前を書いていたので、学会員は怒って、背負っていた老人を落としてしまった、などという笑い話のような事件が現実に起こり、党本部で首脳達が笑い転げた、ということもあったのだ。
 今回の選挙で、創価学会において、こうした組織的な選挙違反が、今日もなお、当然のように繰り返されていることがはっきりしたのである。
 投票干渉罪≠ニいうのは、創価学会員以外に犯す者はない。
 自由であるべき他人の投票を、力づくでも奪って公明党に投票させようという、創価学会の、非民主的な暴力的体質を、如実(にょじつ)に表わす犯罪行為といえよう。

  不在投票利用し悪らつに投票干渉
        裏で公明議員が不正行為のお膳立て

 今回の摘発で、注目すべきことは、
投票干渉行為≠ェ、不在者投票の場で多く行なわれているという点である。
 今回の選挙では、不在投票者が倍増し、七百万票を越えた。
 その多くが、公明党支持者によるものと考えられる
。  なぜなら、最も熱心に不在者投票をすすめたのが、創価学会だったからである。遊びに出かける人達の票を確保するということだけでなく、投票日当日の連れ出しの負担を軽くするために、F≠ノ前もって不在者投票させることも、創価学会の重要な戦術なのである。
 投票当日よりは、警察等の監視の目が届かないという見込みもあるし、何よりも、Fの一人一人の投票を、しっかりと確認し管理できる、という利点がある。
  選挙のたびに不在者投票のマニュアルが徹底され、投票所の役所では、公明党議員が世話を焼き、便宜を図るのだ。
  今日、不在者投票において多数の違反が検挙されるのも、むべなるかなである。  
このように、選挙人の自由意思を奪って、むりやり公明党に投票させようという、およそ民主主義と選挙制度を根底から否定する思想は、創価学会独特のものであり、池田大作の
 勝つためには何でもやれ
 バレなければよい という考え方と指導によって、会内に体質≠ニして定着したものである。

  見よ、この選挙違反事件の数々
        警察は巨悪を見逃さず徹底追及を!

 この、他人の自由意思を奪って≠ニいう考え方と不在者投票≠ニいう手段の結びつきから、私達がすぐに思い起こすのは、新宿区集団替え玉不在投票事件≠ナある。
 やはり昭和四十五年に、創価学会によって惹起(じゃっき)したこの事件は、 選管から郵送される投票用紙を学会員がアパートやマンションの郵便受けから盗み、これをもとに公明党区議が選挙人名簿で年齢等を照会、確認し、その年齢に近い年齢の学会員に、その投票用紙で不在投票≠ウせたという、選挙史上、空前絶後の悪質な違反であった。
 この替え玉行為は、新宿区の総責任者である区司令の八矢英世(総務=当時、外郭建築設計会社・創造社社長)、松山久夫(新宿区男子部長、青年部常任参議)らの指揮のもと、組織が一体となって行なったもので、その票数は、数千票に及んだ。
 たまたま投票用紙を盗まれた人物が、当日、投票に行って、すでに何者かによって自分の名前で不在投票されていることを知り、訴え出たことから事件が発覚、捜査の結果、付近の学会員が逮捕され、そこから芋づる式に幹部が次から次へと逮捕された。
 検事は、空前絶後≠フ違反事件の全容をつかみ、張り切ったが、当時の竹入委員長が警視総監秦野章に泣きつき、また、次席検事等に泣きついて、お目こぼしを願い、何とか部分的な摘発で収めてもらったのだ。
 池田大作は、この時、公明党の崩壊と、創価学会への打撃の深刻さを認識し、  「一から出直すつもりでやろう」 と、檄(げき)を飛ばした。
 この時、検察や警察が、法に従って厳正に取り締まりを行なっていたら、創価学会も公明党も、今日、存在しなかっただろう。
 検察や警察が、巨悪を見て見ぬふりをし、目こぼししたことによって、創価学会と公明党は生き延び、今日のように政治を混乱させ、国と国民に多大な損害を与える原因となったのだ。
 『社長会記録』には、池田大作がこの事件について、八矢英世を総括した言葉が残されている。
 また、竹入義勝氏が、平成十年に朝日新聞に発表した回想録の中にも、竹入氏自身がこの事件について、次席検事にお目こぼしを頼みに行った時のことが述べられている。
 この時、竹入氏は、
 「もう二度とやりません」 と約束したのだが、しかし、同じような違法選挙の伝統が引き継がれていることが、今回の事件で明らかになった。
 他人の投票用紙を盗んで行なう替え玉投票、投票者の自由意志を奪う投票干渉≠サして不在者投票制度の悪用=A大々的な当日運動、組織的な戸別訪問、買収。
 創価学会が行なう政教一致の選挙戦は、今日でも、こうした不正行為を厳格に取り締まられては成り立たないのだ。
 さらに創価学会による国法軽視と私物化≠フ思想が、こうした行為に拍車をかける。
 やはり、昭和四十四年に起こった、市川雄一(元・参謀室長、元公明党書記長・代議士)を首謀者とする練馬区投票所襲撃事件も、こうした創価学会の犯罪体質に起因した事件といってよい。
 学会員が投票所まで連れ出して来た有権者が、定刻を過ぎている、として投票を断わられたことで、学会員達が騒ぎ出し、市川雄一氏らがかけつけてブチ切れ、選管の職員達に殴る蹴(け)るの暴行を加えたこの事件は、およそ社会の秩序など無視し、なめ切った創価学会至上主義≠ェ生んだ悪質な事件の一つである。
 この事件も、警視庁となれあって、もみ消されたのだ。
 今回、多数の投票干渉≠ノよる学会員の逮捕者が出て摘発に踏みきったことは、創価学会員の違反行為のあまりの多さと悪質さを見るに見かねて、ということだろう。警察の、自らの過去を反省する姿の表われでもあろうか。
 だが、これを機会に、さらなる組織犯罪の実態、背後の巨悪の摘発を全うしてこそ、警察の信用回復が得られようというものだ。
 それを行なわずして、再び創価学会と取り引きし、お目こぼしするようなら、地におちた選挙の権威は、永久に回復することはないであろう。
 今後の、捜査の進展を注意深く見守りたい。
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