「慧妙」紙最新号より抜粋
株式会社 慧妙

続報 大石寺警備員寮襲撃事件

学会男子部の横暴は「学会組織の指示」か!!
暴走止めるどころか聖教紙上で煽動
「打倒」「決定打放つ使命」「追撃の勢い倍加」!?

 本紙前号で報じた、学会員による大石寺警備員寮襲撃事件――。
学会男子部 は、警察を巻き込むあれだけの大騒ぎを起こしておきながら、その後も、一月 十二日、二十一日と、依然、警備員寮への襲撃を繰り返している。
 とくに、一月十二日には、寮の中へ土足で上がり込み、それを制止しようと した警備員の衣服を引き裂(さ)く、顔に唾(つば)を吐きかける、車道に突 き飛ばすなど、その傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりは、激化する一方で、 被害にあった警備員はついに、富士宮警察署に被害届を提出するに至った。
 たとえそれが、社会常識が全く欠如した学会男子部であろうと、これほど執 拗(しつよう)に襲撃を繰り返すからには、その裏にはきっと何かあるに違い ない。
 すると――、あった! なんと学会は、日蓮正宗関係者に対し組織的な弾 圧≠加えるよう、『聖教新聞』紙上に堂々と指示を出していたのだ!


 目的は法華講員の再折伏への報復
  土足で乱入! 引き裂く! 突き飛ばす!
 一月十二日夜八時すぎ、約十名の学会男子部が大石寺警備員寮(株式会社清昌の社員寮)に押し掛けてきた。その中には、騒乱事件の常習犯、W林・I藤・K尾・H岡らの姿もあった。
 彼らは、「(清水市の学会員を再折伏に行った)Yを出せ!」などと騒ぎながら玄関内に侵入、中で大騒ぎを始めた。
 本紙前号で報じたとおり、昨年暮れに一人で清水市の学会員宅を訪ねたY氏は、その際、学会員によって監禁状態に置かれ、やむをえず警察に通報し、駆けつけた警察官によってやっと解放される、という被害を被(こうむ)っていた。
 このY氏の再折伏に対し、学会男子部は、一月七日に寮に押し掛けて騒乱、さらに、この十二日が二度目の襲撃であった。
 その騒ぎの中、学会員W林が、寮の中に土足で上がり込む。当然のことながら、警備員たちはそれを制止。
 すると、男子部らは、警備員の一人、I氏を寮の外に引きずり出し、その際、着ていたダウンジャケットをビリビリに引き裂いてしまったのである。
 また、見知らぬ学会男子部の氏名を質(ただ)したY氏に対し、その男子部は、あろうことか、返事のかわりに唾を吐きかけたのである。
 学会男子部のあまりの狂乱ぶりに、警備員たちは警察に通報。
 それを知った学会男子部は、まるで警察の到着する頃合いを見計らったかのように、寮の玄関で十五分ほど騒ぎ続けた後、寮近くのパチンコ店の駐車場に止めてあった車に乗って逃げ去ろうとした。
 その際にも、彼らの車の進路に停車中の警備会社(清昌)の車を足蹴(げ)にし、それを咎(とが)めた警備員を車の中に引きずり込もうとする。
 W林に至っては、それらの横暴を咎める警備員T氏に掴(つか)みかかり、いまだ車が頻繁に通行する車道に突き飛ばすという傍若無人ぶり。
 また、クラクションをたて続けに鳴し、大声で怒鳴り散らすなどする学会男子部は、近隣や、通行車両への迷惑など、いっさいおかまいなし。
 そんな大騒ぎが続く中、現場に警察が到着、W林らは富士宮警察署に同行を求められ、事情聴取されるに至ったが、その際、男子部グループのうち静岡ナンバーの乗用車で来ていた一団は、卑劣にも、警察官の一瞬の隙(すき)を突き、逃げ去ってしまった。
 こうした、学会男子部の暴力行為に対し、衣服を引き裂かれるなど、著(いちじる)しい暴行を受けたI氏は一月十五日、富士宮警察署に被害届を提出したのであった。
 しかし、Y氏に対する報復は、これでもまだ収まらなかった。
 一月二十一日にも、学会男子部が五、六名で寮に押し掛け、大騒ぎをしたのである。この日は、寮の玄関が施錠されていたため中に入ることはできず、表で騒いだだけで帰っていったのだが、この時も、彼らは口々に、
 「Y! 出てこい!」
 「お前は監禁されたって言っただろ! 清水の会員さん宅に上がり込んで。そういうウソをな、暴(あば)きに来たんだよ!」
 「今度な、会員宅に行ったらな、ただじゃおかねェからな、覚えとけよ!」 などと叫んでいたのである。
 この時の学会男子部の顔ぶれには、普段見慣れた顔はなかったが、彼らの目的もまた、今後の再折伏活動を牽制(けんせい)することを目的とした威嚇(いかく)行動だったのである。

  広範な組織をあげての威圧・暴行!
      警官の前でも暴行振るう男子部

 一方、同じ二十一日の夕方、今度は、富士宮市内に住む法華講員のS氏とI氏が、学会員を折伏するため沼津市まで出かけたところ、待ち合わせ先のファミリーレストランの駐車場で、学会男子部十名に取り囲まれ、押し倒されるなどの暴行を受けるという事件が発生した。
 この時、S氏らを取り囲んだ学会員は、沼津市の男子部だけではなかった。富士宮のW林やK尾に加え、富士や三島の人間まで混じっていたのである。その顔ぶれは、騒乱事件の常連≠ホかりであった。
 彼らは「バカヤロー!」を連発し、S氏らに体当たりを繰り返した。
 中でもK尾は、S氏らの通報で駆けつけた警察官の目の前で、あろうことか、S氏を地面へ突き倒したのである。
 これほどまでの、異常極まる組織的な襲撃は、もはや、一部の狂信的男子部による嫌がらせ、といった域を超えている。
 しかも、寮を襲った学会男子部の顔ぶれが、W林や、I藤・K尾・H岡といった常連≠セけでなく、警備員たちが全く見たこともない者が多数いたこと。
 十二日に寮を襲った連中が分乗してきた車のうちの一台が静岡ナンバーだったこと。
 二十一日にS氏らを取り囲んだ男子部が、沼津・富士・富士宮・三島の混成チームだったことなど、学会が、その組織をあげて、法華講員襲撃に乗り出してきているのは確実。
 そこで調査したところ、なんと、学会男子部の行動は、静岡創価学会の活動方針に則(のっと)った組織的犯行≠ナあることが、浮き彫りになったのである。

 紙上で「日顕宗追撃」を指示した学会
     これが「人道と平和」の団体だって!?

 では、静岡創価学会の活動方針とは、いったい、いかなるものか――。
 平成十二年十二月十五日付『聖教新聞』の静岡版に、「総静岡二〇〇一年(平成一三年)の活動」と題する記事が、大きく掲載されている。
 記事は、会の活動に関して四つのポイントを挙げ、それぞれについて詳しく解説しているが、その四番目のポイントはなんと、「正義の教宣活動で日顕宗を追撃」だったのである。
 そしてその具体的な活動内容はというと、
人道と平和の創価学会≠ヌころか、
 「日顕宗の謗法を責め続け、糾弾し、打倒への決定打を放つことは、静岡の使命であり、責任である。各地域で団結し、きめ細かに連携をとり、スクラムを強めながら、追撃の勢いをさらに倍加していく」 という、あたかも邪魔者は抹殺せよ≠ニ言わんばかりの内容。
 一連の襲撃事件をこの活動方針に照らし合わせてみると、学会男子部の動きはまさしく、この指示を忠実に実行に移したものであることが明白ではないか!
 そして注目すべきは、W林・I藤・K尾・H岡らは、十二日に警察の事情聴取を受けたにも拘(かか)わらず、二十一日にも、S氏ら法華講員を取り囲み、恫喝(どうかつ)するなどしている。
 しかもK尾に至っては、警察官の目の前でS氏を突き倒すという、まるで何をしようとも、俺達が処罰されることはない≠ニ言わんばかりの振る舞いをしているのである(実際、沼津の警察官は、何故か、K尾の行動を制止しなかった)。
 理不尽かつ卑劣な手段を使ってまで、日蓮正宗を潰すことに総力を尽くす池田創価学会と、それを容認するかのような国家権力の動き――。
 我々の行く手を阻(はば)もうとする壁は強大である。
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